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映画『ザ・ルーム・ネクスト・ドア』──登場人物の死の受容を読み解く(ネタバレあり)
マーサの安楽死を通して描かれる「死の受容の5段階」を分析しました。親子や友人関係の中で、登場人物それぞれが死と向き合い、異なる形で受け入れていくさまがよくわかりました。また、映像美の魅力にも注目。生気を失う身体とは対照的に彩られた部屋や衣装、そして最後の家は自然の中の静寂に包まれ、アメリカンロビンが朝を告げる。なぜ人は最期に自然を求めるのか、その理由についても考察。はじめに
映画『ザ・ルーム・ネクスト・ドア』は、死を受け入れる過程を繊細に描いた作品です。マーサ(ティルダ・スウィントン)の安楽死を中心に、親子や友人との関係性が絡み合いながら、登場人物それぞれが死に向き合っていきます。本記事では、キューブラー=ロスの「死の受容の5段階」をもとに、マーサ、イングリッド、そしてミシェルの心理変化を分析していきます。
マーサ(ティルダ・スウィントン)の死の受容
マーサは末期がんを患い、安楽死を選択します。彼女の恐れは「自分が自分でなくなること」「苦しむこと」「乱れること」にありました。この3つの恐れは、すべて「自己をコントロールすること」に関係しており、マーサは自分の死のあり方を自ら決めることで、それを乗り越えようとします。
彼女の死の受容を5段階に当てはめると、次のようになります。
- 否認(Denial):病状の進行を受け入れず、最初は治療を拒否することに迷いがあった。
- 怒り(Anger):死を避けられないものとして理解したとき、その理不尽さに対する怒りがあったかもしれない。
- 取引(Bargaining):マーサは一度免疫療法を受け入れていたが、効果がなかったため、再び怒りが生じていた。このため、取引の段階は一時的に見られたものの、最終的には受容へ向かう道を直進していた。
- 抑うつ(Depression):自分の存在が消えていくことに対する絶望や、娘ミシェルとの関係に対する後悔があった。
- 受容(Acceptance):最終的には、静かに死を迎える準備を整え、安楽死という形で自らの最期を選択した。
イングリッド(ジュリアン・ムーア)の死の受容
マーサの友人であるイングリッドは、最初は死に対する大きな恐怖を持っていました。マーサの願いを受け入れるものの、劇中で示される彼女の態度は、まだ完全には死を受け入れていないことを示しています。
特に象徴的なのが、ドアが閉まっていたときの狼狽ぶりと、マーサの実際の死への冷静な対応です。この変化は、彼女自身がマーサの死と向き合い、次第に受け入れていったことを示唆しています。
- 否認(Denial):マーサの決断を表面的には受け入れていたが、心の奥では納得できていなかった。
- 怒り(Anger):明確な怒りは描かれないものの、死を止められない無力感があったかもしれない。
- 取引(Bargaining):マーサと過ごすことで、彼女が死を思いとどまることをどこかで期待していた。
- 抑うつ(Depression):ドアが閉まっていたときに動揺したのは、マーサの死が現実になることを恐れたためだった。
- 受容(Acceptance):マーサが亡くなったとき、静かに受け入れることができた。
ミシェル(キャリー・クーン)の死の受容
マーサの娘ミシェルは、父への執着と母への拒絶という対照的な感情を持っていました。彼女は父を探し求め、母マーサの死に対しては冷たく突き放す態度を取りました。
父の死の受容
ミシェルは、父の死を「事実として」受け入れるのではなく、「意味として」受け入れました。彼女は父の火事での死を知り、父が最後に「悲鳴を聞いた」と言い残していたことを知ります。そして、「その悲鳴は幼い頃の自分の声だったのではないか」と解釈します。
- 否認(Denial):父が生きているかもしれないと信じていた。
- 怒り(Anger):父を奪ったと感じる母への反発が怒りとして表れた。
- 取引(Bargaining):父を探し続けることで、彼の存在を確かめようとした。
- 抑うつ(Depression):父の死を知り、喪失感に襲われる。しかし、「悲鳴を聞いたのは自分」と考えることで、死を意味づける。
- 受容(Acceptance):父との直接的な関係はなかったが、「声が届いた」と信じることで、父の死を物語化し受け入れた。
母の死の受容
母マーサの死に対して、ミシェルは冷たい態度をとり続けていました。しかし、母の家を訪れ、母のベッドで一夜を過ごすことで、初めて受容の段階に至ります。
- 否認(Denial):母が安楽死を選んでも「It’s your choice」と突き放した。
- 怒り(Anger):母への拒絶は、父がいなかったことへの怒りの転嫁だった可能性がある。
- 取引(Bargaining):母を遠ざけることで、死を意識しないようにしていた。
- 抑うつ(Depression):母の死後、母の家を訪れるが、緊張している。
- 受容(Acceptance):母のベッドで夜を過ごすことで、母の存在を感じ、静かに受け入れた。
映像美と自然の中での死
映画『ザ・ルーム・ネクスト・ドア』は、その映像美の魅力も大きな特徴の一つです。マーサは、生気のなくなっていく自分の体とは対照的に、部屋を鮮やかに彩り、化粧を施し、服にもこだわりを見せます。彼女の最後の家は、針葉樹に囲まれ、アメリカンロビンが朝を告げる美しい自然の中にあります。
このように、人が最後の時間を自然に囲まれて迎えたいと願うのはなぜでしょうか。死を目前にしたとき、人は都市の喧騒から離れ、生命の源である自然の気配に包まれることで、安らぎと一体感を求めるのではないでしょうか。自然は人間の存在を超えた普遍的な時間を刻み続けており、その中に身を置くことで、死が「終わり」ではなく「自然の一部への回帰」として受け入れやすくなるのかもしれません。
私自身、鳥類研究家として、最後の日々をこのような場所で迎えたいという思いがあります。鳥のさえずりと共に目覚め、森の静寂の中で時間を過ごすことは、人生の最終章において究極の安らぎとなるでしょう。
まとめ
映画『ザ・ルーム・ネクスト・ドア』は、登場人物それぞれの死の受容を深く描いています。マーサは自らの死をコントロールし、イングリッドはマーサの死を受け入れることで成長し、ミシェルは父と母の死を「意味づける」ことで乗り越えようとしました。
死の受容は単純ではなく、人それぞれに異なるプロセスを経ます。本作はその複雑な心理を繊細に描いており、観る人によって異なる解釈が生まれる作品だと感じました。
以上
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created: 2025-02-09 11:55:17
modified: 2025-02-09 13:22:23
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