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生命起源に挑む本書は生命現象の本質を物理学の言葉で明快に説明する良書です。

宇宙物理学者が生命の起源に挑んだ本です。無生物環境から自己複製する分子が偶然できる確率が幾ら低かろうと、それより宇宙は大きいので自己複製分子の生成確率は1になるというのが基本的なアイディアですが、本書の特徴は、多様な生命現象を複雑なまま取り扱おうとする生物系のアプローチでなく、エネルギー、エントロピー、統計など基本的法則と宇宙論の物理学的アプローチで説明を試みるところにあります。そのため、理工系に親しんだ人には生命現象の基本を学べる好適な入門書にもなっていますし、生命系に親しんだ人には宇宙論と物理学のアプローチを学べる良書です。超越的な存在の仮定なしに生命発生がとりあえず説明できるとしても、まだよくわからないので量子論初期にあったアインシュタインのEPRパラドックスの様な良質な思考実験を教えてもらえるとよかったなと思います。

宇宙になぜ、生命があるのか 宇宙論で読み解く「生命」の起源と存在 (ブルーバックス) 新書 – 2023/7/20

おすすめ

⭐️⭐️⭐️⭐️(4.0/5.0)


宇宙になぜ、生命があるのか 宇宙論で読み解く「生命」の起源と存在

(ブルーバックス) 新書 – 2023/7/20

著者:戸谷友則


基本的なアイディア

生命の起源を宇宙物理学で探る基本的なアイディアは2020年の発表論文に遡ります。それは生命の基本メカニズムである複製を担うのはRNAの40塩基分である事が知られていますが、このメカニズムが従来は偶然できる確率が小さ過ぎて説明できないと考えられていたものを、宇宙の地平を超えるインフレーション宇宙を導入するとどのような小さな確率でも1まで高められるというアイディアです。宇宙の地平は膨張する宇宙の光が端から端まで到達できる距離であり、それを超えると見る事ができず存在を確認する術がない宇宙の最果ての地です。しかしその宇宙の果てを超えて宇宙は広がると考えても矛盾がないので、生物が生まれる確率がどんなに小さくても、インフレーションする全体の宇宙ではそれを上回る宇宙の広さがあるという考えです。有体に言えばどんな「小さな確率でも宇宙は十分広いので起こり得る」となります。しかし、宇宙の地平外で生まれた生命とは存在を確認する術はないので、地球生命圏は結局孤立している事には変わらない(宇宙で他の生命が見つからない理由)ことになります。

生命の神秘さはどこから来るのか(最終章)

どんな小さい確率でも宇宙は広いので自己複製を引き起こす化学反応は起こりうるとしながらも、生命の神秘さはどこから来るのかを最終章で述べている。炭素の核合成など幾つか書かれているが、その中でも「長さ100のRNAが自己複製できる」こと、「知的生命体の様な高度な生物が無味乾燥な物理法則だけで動く粒子の集合体として存在しうる」こそ神秘性を感じるようだ。確かに自己複製分子が存在することは不思議だか、超弦理論が予想する宇宙が10500 もあるとのことで、その様な無数の試行が可能なら自己複製ができる分子の組み合わせがあったのでしょう。また後者は生物の歴史を見ると、食う食われるの生物たちが目などのセンサーを獲得そ、その後それらを統合し、運動に連携させる神経系が発達し、これを今度は多種のセンサ情報を大切なものだけフィルタし、記憶とコミュニケーションのための言語を獲得する大脳新皮質を獲得していくのは、連続的で超越者の存在を仮定する必要はないと思います。

人間原理(宇宙が人間に適しているのは、そうでなければ人間は宇宙を観測し得ないから)もダーウィンの進化論も未来を予測しない点で通底しているというのは面白い指摘だと思いました。進化論は色々現象を説明はできますが、それらがどうなるっていくのかを言えないのは人間原理の考え方も同じなのでしょう。進化論の方が多様な生物種で確認できているので、名前の通り”論”のつく学問だと思います。“原理”は説明できない言明、始原ですから。

本書が優れていること:

物理者は基本方程式から宇宙を記述する事に慣れています。対して生物学者は基本方程式で生物を記述することはしません。ダーウィンの進化論も生命が生じた後、単細胞から多細胞世界へと複雑を増していく現象をよく説明しますが始祖がどう生まれたかは無力ですし、未来も予測できません。生命現象を物理学者の言葉で説明されるので「生命現象は色々ある」とその背後に隠れている法則で説明しようとしない生物系より物理を学んだものには馴染み深いアプローチでわかりやすい説明です。

次版に期待すること:

生命の起源が宇宙は十分広いというだけではなにが説明されたのか分かりにくいですが、少なくとも超越的な存在を仮定する必要がないことは十分意義のあることのなのでしょう。でも「何がわかったのかがまだよくわからないな〜」というのが印象です。直感に合わない量子論の黎明期にあったアインシュタインのEPRパラドックスの議論の様に生命の起源についても良質な思考実験を教えてほしいと思いました。

参考:

セントラルドグマ

アインシュタイン=ポドルスキー=ローゼンのパラドックス

人間原理(anthropic principle)

Article Info

created: 2023-09-03 16:20:44
modified: 2023-09-05 09:55:42
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keywords: DNA 量子力学 生命 起源

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