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「渡り鳥の世界〜渡りの科学入門〜(中村司著)」は温帯ホオジロ類の渡りの衝動理解に好適
中村司博士による「鳥の渡り」の生涯の研究を取りまとめた本です。特に温帯に住むホオジロ類の生理の研究が秀逸です。留鳥のホオジロ、冬鳥のカシラダカ、夏鳥のオオジュリンの生理(体脂肪、ホルモン)と日照・気温・湿度に対する「渡りの準備と衝動比較」はなるほどなと新鮮でした。初版は2012年ですが、糞中のホルモン分析を当時最先端の放射免疫測定法で明らかにしています。熱帯の渡り衝動が降雨によるが詳しいメカニズムは不明だといいます。渡りはわからないことだらけでエキサイティングな研究分野だということがよくわかりました。また昭和初期〜平成時代の研究手法を学べるのも本書の良いところだと思います。
本書の概要
渡り鳥の世界―渡りの科学入門 (山日ライブラリー)
発刊:新書 – 2012/1/25
著者:中村 司
いまだ多くの謎に包まれている鳥の渡り行動。その解明に挑んだ先人たちの足跡から、最新の成果までを踏まえ、“渡り”研究の第一人者が平易に解説。標識法による渡り鳥の追跡や、生理学的な側面から見た渡りの研究について、多くの実験とその結果をふんだんに盛り込み、学会での経験なども綴った入門書に最適の一冊。
目次
第1章 “渡り”の概要
第2章 “渡り”の実際
第3章 “渡り”の苦難
第4章 “渡り”の方向
第5章 渡り鳥の身体感覚
第6章 生理面から見る“渡り”の準備
第7章 渡り鳥の直面する問題
第8章 “渡り”の研究を通して
おすすめ度
⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️(5.0/5.0)
学んだこと
備忘録としてメモです。
第1章:“渡り”の概要
鳥の渡りが生まれた説として下記を紹介
- 食物による自然淘汰説:北半球の北方にある広大な土地での餌資源の豊富さ(夏)と減少(冬)への適応
- 気温説:気温の変化に伴う餌量の増減に反応 例)ツバメはほぼ9℃の等温線を北上または南下する
- 氷河説:それまで留鳥だった鳥類が氷河期で南下せざるを得なかった
- 大陸移動説:南方大陸が鳥の元の生息地で北方に分布が広げても、冬は南方大陸に戻っていたが、大陸分離後も続けている。大陸分離がジュラ紀以前でその頃の鳥類は原始タイプの黄昏鳥や魚鳥などしかないため否定的
第2章:“渡り”の実際
- 渡りのルート解明を記載
- 標識法で渡りのルート解明を夏鳥(サシバ)、冬鳥(ガンカモ類)、旅鳥(キョクアジサシ、ハシボソミズナギドリ、キョウジョシギ)、不規則な渡り(レンジャク)を紹介
- 面白かったのがオナガガモで新潟(瓢湖)で標識された個体が2008年にアメリカ(ミシガン州)で回収(狩猟)された例があり、異なるルートの雌と番うとその雌に付いて行ってしまうと推定されるということです。雄にしては自分の越冬地より次の繁殖相手を優先したということですね。
第3章:“渡り”の苦難
- 日中渡る鳥:ツバメ、ヒヨドリ
- 夜間渡る鳥:単独のキビタキ、小グループのムシクイ類
- 群れで渡るのは猛禽による捕食回避、飛翔効率化だけでなく渡り方向定位に役立っている(Hamilton)
- 渡りはリーダなしで可能で遺伝的根拠が認められる
- 渡り前に脂肪を蓄えるが給餌でメタボになる個体がいる
第4章:渡りの方向
- 渡り鳥を未知の場所で放しても、取るルートは帰巣本能によるので渡りルートの飛行法解決にならない(Griffin 1950)
- 帰巣本能は方向性と同時に生まれた繁殖地への愛着心からそこへ行こうとする強い衝動が関係する
- 帰巣本能は海鳥に多い(オオミズナギドリがベニスからストックホルムまでの3900kmを帰巣)
- 農林省が長野県から多摩川へイワツバメの移植実験し(220羽)、翌春にコロニーを作った(生まれより育った場所を記憶)
- 鳥の渡りは基本的に遺伝によって定まるが外的環境によって変わる種もある(餌があり過ごしやすい環境があればその場に止まるなど)。
- 野生の鳥でも幼鳥が成鳥のリードされ経験を積むことで正確さを増す(訓練により帰巣能力を増せる)
- 帰巣性(homing)のある鳥をはどのように方向を見つけるかについて、視力と記憶、嗅覚、地磁気コンパス、星コンパス利用を列挙
- 磁気コンパスは耳にある壺嚢(このう)がセンサーで(ハト)、マグネタイト(磁鉄鉱)が関与している可能性がある
第5章:渡り鳥の身体感覚
- 天体の手がかりのない曇りでも広範囲にわたるが、風を利用している種がある
- 匂いも手がかりとしている(ハト、アホウドリ)
第6章:生理面から見る渡りの準備
- カシラダカ・オオジュリン(冬鳥)とホオジロ・スズメ(留鳥)との体重増加の比較し、冬鳥のカシラダカ・オオジュリンは4〜5月で増加したが留鳥のホオジロ・スズメは変化なし
- カシラダカは4月下旬、夜間に渡りの衝動が大きい。オオジュリン・ホオジロは無し。
- オオジュリンの脂肪の融点が5月は31〜32℃から9月に23〜24℃に下がり、カシラダカは11月が26〜27℃から4月に24〜25℃と下がる。より燃えやすい(渡りに適した)融点の低い不飽和脂肪酸の増加は渡りの生化学適応の一つ。留鳥のスズメでは起こらない。
- 渡りの衝動(night restlessness)は野外では木々の間を興奮して飛び回る行動で渡り開始時に起こる。
- 渡りの衝動を引き起こす外界条件として、日照時間の変化、温度、湿度があり、採餌量と体重、脂肪、生殖腺の変化と衝動を引き起こす。
- 糞中のトリチウムを放射免疫測定法(RIA)を用いてホルモン量の測定した。
- オオジュリン(オス)のテストステロンが日照時間12時間で急増し、ホオジロでは光周期に優位な変化は示さなかった。テストステロンで筋肉増強し渡りを準備した。
- 血中のテストステロンの増加で脳下垂体のプロラクチンが多く分泌され脂肪蓄積が促進されると推定
- メスではオオジュリンはエストロゲンが日照時間12時間で急増するのはオオジュリンもホオジロも同じで、メスでは渡りではなく繁殖に働くと示唆された
- 赤道下の渡りは降雨によって渡りが始まが詳しいメカニズムはわかっていない
第7章:渡り鳥を直面する問題
- 高層ビルへの衝突:カナダではフラップという団体が保護と落鳥の博物館送付を活動
- 風力発電施設:生息地の消失、ブレード先端は速度200~300km/hにもなり衝突、アボイドマップ野作成と活用、モニタリング、アセスの知見者の参加が求められる
- 鳥インフルエンザ
- 温暖化と開発:温暖化で花の開花、虫の発生が進み、鳥の繁殖タイミングとズレる懸念
- 地球レベルで保護が必要
第8章:渡りの研究を通して
- 父は蜂須賀正氏博士のフィリピン探検のお供で得た知見でブッポウソウとなくのがコノハズクと特定
- 鳥研究者としての生い立ちと半生が述べられている
踏み込んで欲しかった所
- 渡りは繁殖場所と越冬場所の執着によるとありますが、同じホオジロ類でも渡りをする種としない種がどうして分かれたのかなど、その起源に関する言及があったらよかったです(発刊当時はわからなかったかもしれませんが)
以上