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青いカフタンの仕立て屋は切なくも、夫婦愛に勇気がもらえる映画でした。

この映画は是枝監督の「怪物」に表現方法が似ているなと思いました。音で情景を描き、セリフも抑揚的です。最後は主人公の決意が美しい風景の中で力強く描かれ、見ているものに勇気を与えてくれる映画でした。性的マイノリティだけでなく抑圧された心に悩む「普通の人」にも勇気を与える映画です。いい映画をいつも届けてくれて福井メトロ劇場に感謝です。
映画の看板

おすすめ度

⭐️⭐️⭐️⭐️(4.0)

あらすじ

マリアム・トゥザーニ監督による2022 年のモロッコのアラビア語ドラマ映画です。モロッコのサレのメディナでカフタン店を経営し、若い男性を見習いとして雇う女性とその隠れゲイの夫を描いています。

モロッコ映画センター ( Center cinématographique marocain )は、 『ブルー・カフタン』が2023 年オスカー賞の「国際長編映画」部門の最終候補リストでモロッコを代表する作品に選ばれたと発表しました。(wikipediaより翻訳)

この映画は音風景を観る映画です

本作品のカメラワークは刺繍や生地の手触りなどのアップから、室内での会話劇、ベットでのやりとりなど近接映写が多く、季節や時間帯が映像的にはわかりにくいです。でも大丈夫、その分音が全てを語っていました。街に流れる音楽やバイクの音、子供達の笑い声に、コーラン、餌が与えられる時間に吠える犬の声、海の街に特有なカモメの声に朝早い時間を示すスズメの大声など、沢山の情報が入っていました。この点で「怪物」に似ているなと思いました。硬い音にエコーがかかっていたので石でできた町だともわかります。そうか、映像で説明するのでなく音で情景がわかる映画なのかと見ていてすぐ気づきました。音楽も抑えてあり、無理に感情の起伏を強調することはしていません。登場人物の発言も少ないですが、その言葉と表情で内面の感情の動きを読む必要がある映画でした。

ハリム(夫)とミナ(妻)の関係(ネタバレあり)

ハリムは手縫い刺繍の職人で、見習いユーセフから「誰から学んだの?」の問いに「父から学んだ」答えます。それに「自慢の息子ですね」と言葉を向けられてもそれには答えずハリムは複雑な表情を見せます。そして、それは後に、母がハリムの出生と引き換えに他界したこと、そのことで父からさんざん責められたと告白があります。具体的な言葉は分かりませんが、父から息子に「お前なんて生まれてこなければ良かった」など望まれぬ子として育ったことが伺えます。そのためハリムは父には逆らえず自分を押し殺した少年〜青年期を過ごしたのでしょう。モロッコの社会はイスラムの戒律を中心とする圧が強い社会と想像します。同時に性的嗜好が同性にあることも隠さないといけなかったことでした。自分を押し殺さないと生きていけない境遇でした。その抑圧されたカチカチの心を解かしてくれたのが妻ミナです。一貫してハリムを励まし続けたとセリフがありました。

妻ミナの求めに応じて体を交じらせますが、自らは公衆浴場で同性と行為に及ぶことが何度も示されます。もちろん妻のミナは夫が同性愛者で、見習いユーセフと好きあっていることも知っているでしょう。二人を見つめるシーンもありました。

そしてハリムは自分の気持ちを抑えられなくなり妻ミナに「恥をかかせた。すまなかった」とミナに詫びました。ミナは「あなたは誰よりも純粋な人。あなたの妻であってよかった。」と顔を寄せます。ここは子供を作れなかったことなのか、無くなったサテンの生地を返したのが(自分で)見習いを疑わせてしまったことなのか、それとも同性愛者と結婚したことなのか、解釈は幾つか可能だと思いました。私は同性愛者の自分を隠すために異性愛者のふりをするため結婚してすまないと言ったと思いました。それに対し妻は「誰よりも純粋な人」と返し、一貫して夫ハリムを愛し守る姿が描かれます。求婚も妻ミナからしたことがわかるのですが、出会の時からハリムの内面の闇と職人としての能力をわかって結婚したのかもしれません。二人の出会いも見たかったと思いました。ミナもハリムと結婚し、支えた理由が愛以上にあったように感じたからです。

ハリムの決意

緩和ケアしかできないほど進行したガンの妻を自宅で看取ることにするハリムはここ数年で最高の青のカフタンを作る途中で、これを自宅で見習いユーセフと仕上げることにします。その中でミナはユーセフにサテンの盗人容疑が誤解だったことを謝罪し、通りのうるさい音楽に体を揺らせて踊り、男二人を誘って三人で踊りを楽しんだりします。正直に今を生きるタイプの女性なのでしょう。

一度、仕立ての店でユーセフに「愛している」と告白されたハリムですが、同じく好きなユーセフの愛を断り、ミナと共にいることを選びます。それほど、心が氷解し共に時間を共にしたパートナーとしてミナを性的ではないにしろ愛しています。そしてミナが他界した後、近親者が集まりコーラんだろうお経が唱えられる中、戒律に従い白く布を纏って死衣装のミナを見て、衣装を着せた女性を追い出し、仕上がったばかりの青いカフタンを着せます。その青いカフタンはミナが生前仕上がったのを見て自分の結婚式に着たかったと誉めた仕上がりのものでした。

白い死衣装を着せるという戒律を破り、長年連れ添った妻を青いカフタンを着せて墓場にユーセフとともに運ぶハリム。青いカフタンは客がついており、手手芸の出来も上出来で、高値がついていました。経済とか、因襲・慣習・規律・戒律とか自分を縛るものから、青いカフタンを死の旅路の妻に着せてあげることで閉じ込めていた自分の心も全てここに解放させたシンボル的な行動だと思いました。海の目前に広がる墓場を青いミナを担いで降りていく二人はどこまでも静かで美しく、決意が伝わってくるシーンでした。

映画タイトルについて

原題がThe blue caftanの邦題は青いカフタンの仕立て屋です。説明的でタイトルとしてそうつけたくなるのはよく分かります。でもやはり映画のタイトルは「青いカフタン」だと思います。仕立て屋の話ではなくカフタンに込められた一人の人間の決意を象徴しているからです。カフタンって何?って思われるのは予想できますが、邦題も説明的すぎず原題を尊重したら良いのにと思いました。

感想

音風景で情景を語り、語りは抑えられ、登場人物の過去と今、抑圧と解放される心と行動、多くのことが静かに進んでいく映画でした。市井の人一人ひとりにストーリがあり、葛藤ある人生が営まれていることがまた一つ思い起こされる映画でした。きっと平凡な人生など一つもないのだろうと思うのです。

一般的に夫婦は、性愛に始まるかもしれませんが、最後は心のつながるパートナーとしての愛だと思いました。一貫してハリムを励ますミナと、ミナを看取るハリムに性愛を超えた人のあり方を見て、歳を重ねる夫婦っていいもんだなーと思いました。もちろんハリムの性志向が女性でない苦しさはあったのでしょうが、それを上回る絆をミナと持てたことがハリムは幸せだったと感じさせるのです。自分の性指向の苦しみの解放だけ言う映画と画した点がこの映画を素晴らしいものにしています。

おまけ、モロッコのカフタン(Moroccan kaftan)

caftanについて調べてみました。日本語のwikipediaには男性用の民族衣装とありますが、英語版のwikipediaなどにはもう少し詳しい説明がありました。要約するとこんな感じです。

モロッコのカフタンは、モロッコや北アフリカの他の地域で文化的、歴史的に重要な伝統的な衣服です。これは、長くてゆったりとしたローブのようなドレスで、通常は男性と女性の両方が着用しますが、スタイルや詳細は性別や機会によって異なります。

モロッコのカフタンの主な特徴と詳細は次のとおりです。

  1. デザインとスタイル:モロッコのカフタンは、エレガントで複雑なデザインで知られています。多くの場合、複雑な刺繍、装飾、装飾的なディテールが特徴です。デザインは地域、機会、個人の好みによって異なります。
  2. 生地:モロッコのカフタンは、多くの場合、シルク、サテン、ベルベット、ブロケードなどの豪華な生地で作られています。これらの生地は衣服に豊かで豪華な外観を与え、特別な機会やフォーマルなイベントに適しています。
  3. 性別とバリエーション:カフタンの基本構造は一貫していますが、男性が着用するバージョンと女性が着用するバージョンではデザインとスタイルに多少の違いがあります。女性のカフタンは一般に、複雑な刺繍やビーズ細工が施された、より華やかで手の込んだものですが、男性のカフタンはデザインがよりシンプルです。
  4. 機会:モロッコのカフタンは、結婚式、宗教儀式、祭り、その他の正式な集まりなどの重要なイベントでよく着用されます。それは優雅さと文化的誇りの象徴と考えられています。
  5. アクセサリー:カフタンは、全体の外観を向上させるために、ベルト、伝統的なスリッパ (バブーシュ)、ジュエリーなどのさまざまなアクセサリーと組み合わせられることがよくあります。
  6. 歴史的意義:カフタンにはモロッコで長い歴史があり、そのルーツはアラブ、ベルベル、オスマン文化などのさまざまな歴史的影響にまで遡ります。時間の経過とともに、それはモロッコの文化的アイデンティティの重要な部分へと進化しました。
  7. 地域的なバリエーション:モロッコ内のさまざまな地域には、独自の異なるスタイルのカフタンがある場合があります。これらの地域的な違いは、色、模様、刺繍技術の選択に見られます。
  8. 現代への適応:伝統的なカフタンは依然として重要な文化的服装ですが、現代のファッショントレンドに合わせた現代的な適応もあります。これらは、カフタンの特徴的なシルエットを維持しながら、西洋のファッションの要素を組み込んでいる可能性があります。

モロッコのカフタンは文化遺産の象徴として機能し、モロッコ人にとって自分たちの歴史や伝統とつながる方法として大切にされています。その根強い人気は、その時代を超えた魅力と、文化的重要性を維持しながら時代の変化に適応する能力の証です。

以上

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created: 2023-08-12 12:35:35
modified: 2025-02-07 18:22:01
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