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「さえずり言語起源論 〜新版 小鳥の歌からヒトの言葉へ〜(岡ノ谷一夫著)」

岡ノ谷一夫博士による「カエデチョウ科の囀り」について生涯の研究をまとめた本です。驚いたのは単純な歌を持つ原種のコシジロキンパラから複雑な文法を持つジュウシマツに進化したのがたった250年しかかからなかったことです。家禽化で淘汰圧から解放され、性淘汰によるメスの歌の複雑さの好みが歌の文法進化をもたらしたとするシナリオは、至近要因と究極要因の両面ら説明され説得的でした。歌に関するオスとメスの脳機能の差異や、メスが示す複雑な歌を聞くとより巣作りに励む行動など、ジュウシマツの脳と行動の変化、それを実現するタンパク質の合成と遺伝子の発現はとても面白く読みました。原種のコシジロキンパラの脳や行動の性差はどうなっているのか興味があるところです。本書の副タイトルは研究内容の変化を言っており、大半はカエデチョウ科の歌研究の内容ですので、小鳥の歌に興味のある人にはぜひ読んで欲しい本です。

さえずり言語起源論(表紙)

おすすめ

⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️(5.0/5.0)


本書の概要

さえずり言語起源論 新版 小鳥の歌からヒトの言葉へ (岩波科学ライブラリー)

出版社 ‏ : ‎ 岩波書店; 新版 (2016/5/10)

発売日 ‏ : ‎ 2016/5/10

著者:岡ノ谷 一夫 (著)

目次

(岩波書店より)

初版まえがき

新版まえがき

1 小鳥の歌とヒトの言葉 小鳥の歌研究の進歩/音声コミュニケーションのいろいろ/小鳥の歌とヒトの言葉の共通点/歌学習の鋳型仮説/小鳥の歌とヒトの言葉の相違点/言語の起源と小鳥の歌

2 複雑な歌をうたうジュウシマツ 『雨の動物園』/ジュウシマツの歌と聴覚フィードバック/小西先生の指摘/歌の複雑さをどう記述するか/歌文法の発見/記号列から有限状態文法を抽出する方法

3 ティンバーゲンの理想 ティンバーゲンの四つの質問/神経行動学者と行動生態学者/神経行動学との出会い/鳥には大脳皮質がない?/うたうために生まれた/行動生態学との出会い/認知情報科学ってなんだ?/ジュウシマツの正体

4 ジュウシマツの歌と四つの質問 その一 進化/その二 メカニズム/歌制御の階層性をつきとめる(メカニズム)/歌の聴覚情報処理(メカニズム)/聴覚と発声の相互作用(メカニズム)/その三 発達/発達の過程で生ずる脳の変化(発達)/歌の可塑性(発達)/その四 機能/性淘汰(機能)/複雑な歌はメスの性行動を刺激するか(機能)/複雑な歌はメスの繁殖行動を刺激するか(機能)/メスは複雑な歌をうたうオスを選ぶか(機能)

5 四つの質問を超えて 歌の文脈と脳活動/コシジロキンパラのメスは複雑な歌を好むか/複雑な歌にかかるコスト/歌文法の進化的シナリオ

6 住環境と歌の複雑さ――台湾での野外調査 ディーコンのマスキング理論/歌の種認識機能/コシジロキンパラ個体群の違い/台湾での苦労話

7 氏か育ちか 里子実験/いいかげんなジュウシマツ,きまじめなコシジロキンパラ/里帰り実験/学習可能性と鋳型/学習の制約から歌の進化へ

8 歌は編集され学ばれる 自由交配実験/歌の分節化――DJをやるヒナたち

9 さえずり言語起源論――歌文法から言語の文法へ 文法の性淘汰起源説/相互分節化仮説/さえずり言語起源論

あとがき

学んだこと

小鳥の歌の視点で、備忘録としてメモです。

第1章 小鳥の歌とヒトの言葉

  1. 小鳥の歌のアカデミックな研究はケンブリッジ大学のウィリアム・ソープによりスペクトログラム(ソナグラム)を用いて始められた
  2. W.ソープの弟子、ピーター・マーラーは渡米しUC Berkleyにて動物行動学の研究室を作り、フェルナンド・ノッテンボーンは鳥の歌が生成される仕組み、小西正一は歌が知覚される仕組みを研究した。
  3. 鳥学習の鋳型仮説(小西、マーラー):幼鳥は社会環境から自己の歌にふさわしい歌を選び記憶するが、どの歌が自己の歌にふさわしいかの歌記憶を生まれつき持っているとする説。この時自分の声を聞き、記憶と比較することが必要。ヒトも鳥も同じ大脳基底核にて照合される。
  4. 鳥の歌には変奏が多く含まれるが、求愛とナワバリ防衛以外の意味が欠如している(伝達意図はあるが伝達内容は欠如)。
  5. 小鳥の地鳴きは特定の意味を持って発せられ、ヒトの情動的発声(泣き、笑い、唸りなど)と比較されるべき

第2章 複雑な歌をうたうジュウシマツ

  1. ジュウシマツは九州の大名が250年前中国からコシジロキンパラを輸入し、家禽化したもの
  2. 歌の複雑さは要素の並び方の遷移確率から遷移図(有限状態文法)で表記できる
  3. 歌の構造は、歌要素と幾つかの歌要素からなるチャンク(単語に相当)、複数のチャックからなるフレーズからなる(マルコフ分析)
  4. 歌の類似度は遷移確率行列の相関係数で示せ、ジュウシマツの歌は3次のマルコフモデルが有効
  5. 笹原和俊博士、西野哲郎博士が開発され一般公開されている自動化ソフト:EUREKA

第3章 ティンバーゲンの理想

  1. ニコラス・ティンバーゲンの4つの質問(行動メカニズム、発達、機能、進化)
  2. チトクロム酸化酵素で脳の歌の回路を染色でき、歌を学ぶ神経核と歌を歌う神経学が見える
  3. ジュウシマツの雄の脳は歌に関わる部分がかなりの部分をしめ「歌うために生まれた」
  4. ジュウシマツの雌の脳は歌を聞き分ける回路が発達し、オスを品定めしている
  5. ジュウシマツは1762年に九州の大名壬生忠信がコシジロキンパラを南中国から輸入し、1856年前後に白色変異が現れ幸せを呼ぶ鳥として愛玩された
  6. コシジロキンパラの歌は線形(単純な歌の繰り返し)で有限状態文法は存在しない
  7. ヨーロッパジュウシマツの歌の複雑さは、ある程度の繰り返しや埋め込みがありジュウシマツとコシジロキンパラの中間的
  8. これら3系の地鳴きは雌雄に差があり、オス同士、メス同士は共に似ているので同種である

第4章 ジュウシマツの歌と四つの質問

  1. 線形性とは歌要素の順番がどのくらい決まっているのかの指標(いつも決まっていれば1、出鱈目なら0)

  2. ジュウシマツ(n=8)は0.33、コシジロキンパラは0.61

  3. ジュウシマツの声は平均14dBも大きい

  4. 鳴禽類の歌制御システムの概要(キンカチョウの研究から)

    • 歌を歌う時、作動する神経回路:NIf、HVC、RAとつながる神経回路が舌下神経核に至りそこから神経繊維が歌の音源である鳴管を制御し歌が歌われる
    • 歌学習と歌のメインテナンスに必要な回路はHVCからX野、DLM、LMANと迂回し、RAに至る神経回路
    • HVCとRAは階層的な情報処理をしており、HVCが歌全体の構成を作り、RAがそれぞれの歌要素を受け持つ
    • 神経核の働きを止める実験からNiFはジュウシマツの歌の有限状態文法を担っており、左のRAは1.5KHzより高い周波数を持つ歌要素、右のRAは低い歌要素の制御を行い、HVCはチャンクの制御に関わっていた。
    • ジュウシマツの聴覚処理解明のため、時間反転させた「逆再生歌」、歌要素のみを時間反転させた「局所逆転歌」と歌要素の順番を逆転させた「大局逆転歌」を聞かせて神経活動を記録
    • HVCは逆再生歌、局所逆転歌には反応せず、大局逆転歌にはよく反応する個体がおり、複雑な持ち歌の個体ほど強く反応した。
    • RAは個々の歌要素に反応し、歌構造の複雑さ(線形性)には依存しなかった。
    • ジュウシマツの歌の発達は、生後35日で歌い始め、70日以降に歌要素(歌の音響特性の完成)が全て出現するが歌うたびに配列が異なり(プラスティックソング)、120日で歌の配列規則が決まる(クリスタライズドソング)。
    • キンカチョウは生後12日までは脳発達に差はないが、25日になるとオスのHVC、RAが大きくなる。生後30日でサブソングを歌いだし、50日でHVC-RAの連絡ができクリスタルソングになり、53日で大人の雌雄差と同じになる。80日で配列が固定化される。X野は生後30日で自種の声に反応し、60日で師匠(主に父)の歌に選択的に反応するようになり、最後自分の歌にのみ選択的に反応するようになる
    • またジュウシマツでは大人になってからも歌が変化するが(可塑性)、聞こえなくすると歌の文法構造が変わり、群れのメンツが変わっても変わる場合がある
    • 歌の学習は臨界期のある現象だが条件設定によってはこれを再びこじ開けることができそう
    • 雌の歌に対する反応実験では、複雑な歌を聞いたジュウシマツのメスは巣内に用意された巣材(シュロの繊維)をより多く運び、エストロゲンレベルも高かった。8羽のメスの実験で、止まり木に止まると自動で声が聞こえるようにすると複雑な歌が流れる止まり木を好む個体は4羽で、単純な歌を好んだのは1羽のみだった。

    第5章 四つの質問を超えて

    • 15年前の研究紹介として、小鳥に30分歌を聴かせると聴覚系に特異な遺伝子が発現し神経回路が書き換えが起こり、充分書き換えられると記憶が定着して更なる書き込みが不要になる研究がある。
    • アリソン・ドープとエリック・ジャービスはキンカチョウが歌をうたう時に同じ遺伝子が発現することを独立に発見。(メスに向けた)志向歌では直接制御系のHVCとRAに遺伝子が発現し、無志向歌ではこれらに加えて大脳基底核のX野で非常に強い遺伝子発現が見られた。
    • 無志向歌では環境雑音のレベルに合わせて声の大きさを変えたが、志向歌では音量は変わらず、無志向歌には聴覚フィードバックによる歌の精度維持機能があることが確認された。
    • 無志向歌の機能は、自分の歌が下手にならないように自分の記憶と照合し修正していると考えられる。メスアピールの志向歌を歌う状態では自分の歌をきちんと聞く余裕がない
    • 原種のコシジロキンパラのメスに音韻がコシジロキンパラで文法がジュウシマツのキメラ歌を聴かせたところ、半数が大量の巣材を運ぶようになり、個体差はあるが複雑な歌を好む個体が多いことがわかった。野外では捕食圧で歌はあまり複雑にならなかったと考えられる
    • メスが複雑な歌をうたうオスを好む理由(アモツ・ザハヴィのハンディキャップ理論)の検証のため、フラッシュ光での歌の中断されやすさを見ると複雑な歌を歌う個体の方が中断が少なかった(自分の歌に集中して外界の注意が疎かになる)。複雑な歌を歌うためには認知コストが必要と確認された

    第6章 住環境と歌の複雑さー台湾での野外調査

    • テレンス・ディーコンはジュウシマツはペットとなり歌の機能が変化し歌を学ぶ性質の適応価を失ったと指摘した。
    • 台湾のコシジロキンパラには同じカエデチョウ科のアミハラと混群を作る個体群と、作らない個体群とがおり、それらの間には雑婚を避ける種識別の必要性に差がある。種認識の必要がなくなることがマスキングで、歌の性的信号としての機能がより重要になるという環境変化が生じ、結果として歌の複雑さが亢進するのが脱マスキング化と考えた。
    • 台湾のフーベン36群、マータイアン56群、タイペイ58群でアミハラとの混群率、歌の線形性を計測し、混群を作るタイペイ、マータイアンでは歌は単純で、混群を作らないフーベンでは複雑であった。種認識のコストがマスキングされ歌の複雑さが脱マスキングされるという理論に当てはまる。

    第7章 氏か育ちか

    • 遺伝因子と環境因子の切り分けのため、子供を入れ替えた里子実験を行った。
    • ジュウシマツは実子、里子とも歌要素は90%学習でき、コシジロキンパラでは実子は100%に対して里子は75%学習できた。
    • コシジロキンパラの歌学習は遺伝的制約が強くジュウシマツは非常に弱くなっている。
    • 里子のコシジロキンパラを臨界期を遥か過ぎた3年後に同種の群れに帰すと、歌を覚え直すことはなかったが歌の複雑さはぐっと減った。これも学習である。
    • これは2種の聴覚鋳型(小西)の強さの違いと解釈できるが、脳内の機能は不明である。脳の一部を2種で入れ替えて生得的好みが変更するか確認する方法(脳キメラ)が考えられ、脳キメラ実験はウズラとニワトリで実績がある。

    第8章 歌は編集され学ばれる

    • 2mx2mのゲージで複数のジュウシマツの雌雄を飼い、歌と子どの数の相関を調べた。DNAに親子判定できるほど遺伝バラツキがなく実験はうまくいかなかったが、チャンクの切り出し方がわかった。オスの子供は複数の雄の歌を学び、DJよろしくそれぞれの親世代のオスの歌を切り出して歌った(分節化)。分節化は長い切れ目と低い遷移確率で起こった。

    第9章 さえずり言語起源論ー歌文法から言語の文法へ

    • ジュウシマツは意味を持たない歌要素の配列を文法形式として進化させた(内容と形式の独立進化仮説)。
    • ある行動特性(歌の複雑さ)が評価指標となり、家禽化でそれが亢進した過程は有限状態文法の創発と捉えられる。
    • 従来のヒトの言語獲得は意味の進化から文法の進化と進んだ直列進化説では単語の組み合わせだけでヒトの精緻な文法の広がりが説明できない。
    • 自己家畜化したヒトでは、配偶者選択に歌と踊りを信頼できる信号として性淘汰の力が働いたとする。歌の複雑化が文法を可能とした前適応として進化した説を発表。

踏み込んで欲しかった所、感想

  • (和書のこの手の本と同様に)著者の研究史と研究成果が一緒になった書き方なので、小鳥(カエデチョウ科)の歌の研究書としては読みにくかったです。自身で研究された事項のみで他の種の同様の研究結果の記載がなく、どこまで一般化できるか俯瞰したかったです。

  • マスキング理論の適用の箇所は正直わからなかったです。コシジロキンパラの混群に個体群間で差があるのはわかるのですが、(ヒトのビタミンC欠乏を説明するほどの)種としての特性ではないと感じます。無理に適用しなくてもいいと思いました。

  • それでも250年の家禽化で進化させたジュウシマツの歌の研究はやはり面白かったです。他の種の歌の研究の参考にできる部分も多く、3次のマルコフ過程で説明できるジュウシマツの有限状態文法は自然界での他の小鳥ではどの程度説明可能なのでしょう。同じ方法論をとれるのかもしれません。なお、歌の複雑さを線形性(遷移確率)で表していますが、いろいろな指標があるのでジュウシマツのそれらの適用するとどう出るか知りたいところです。

読んでしばらくしての疑問です。

  • ジュウシマツはコシジロキンパラが250年前に家禽化されたことから被食や事故死などの淘汰圧がなくなり性淘汰が働いて、複雑な歌を歌うようになったと説明されています。この飼育下での性選択とはどのようなものなのでしょう。大名が少数のコシジロキンパラを輸入して繁殖させ、白化個体が出た後はこれを大いに増やしたということでした。すなわち遺伝的にはボトルネック効果が起こって、ジュウシマツは均一な遺伝子を持つ個体群なんだろうと思います。その証拠にDNA分析で親子判定できないくらい均一だと記述がありました。そこで疑問なのは飼い鳥の飼育で性選択が働くほどメスがオスを選べたのでしょうか。大名から託された鳥の繁殖の専門家は「大きな鳥籠で多くのオスとメスを一緒に飼って繁殖させた」のか、「雌雄2羽が入った小さな籠で繁殖させた」のかどちらでしょう。感染症が怖いので小さな籠をいっぱい用意し、その中で雌雄ペアを繁殖させたほうが管理しやすい気がします。もしそうなら鳥の繁殖の専門家は人の判断で健康そうで多く繁殖できそうなオスとメスを選んだはずです。すなわち人の選択が入ったことになります。記録では歌に関する事項を見つけられなかったとあるので、人から見て歌を競わせたことはなかったかもしれませんが、健康なオスはよく歌うでしょうから、歌の複雑さや頻度は人の選好になっていた可能性があると思いました。つまりメスによる性選択ではなく人選択だが、結果的に歌の複雑なオスが繁殖率を高めたことになったので結果は同じになる、と思います。
  • ジュウシマツは繁殖期に歌を歌う脳の部位と、歌を聞く部位が雌雄で大きさが異なるのですが、これは原種のコシジロキンパラではどうなっているのでしょう。小鳥全般に言える話なのか、それとも家禽化されたジュウシマツだけに発達した脳の性機能分化なのでしょうか。興味があります。

その他

  • SCIのサイトにシジュウカラとコシジロキンパラの鳴き声があります。

以上です

Article Info

created: 2023-11-08 08:01:30
modified: 2023-11-16 22:51:56
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keywords: 進化 歌の複雑さ 有限状態文法 鋳型仮説 マルコフ過程

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