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動物だったヒトは狼や鳥に教えられて今の人になったと思える本です

2005年に原書が書かれた本書は動物、特に家畜の感覚と認識、行動の理由と動物(主に家畜・飼い犬猫)の扱い方に多くページが裂かれています。出版から18年後の2023年に図書館で手に取った本書ですが、自閉症の理解だけで野鳥を含む野生動物の観察にも役に立ったと感じました。

bookcover

おすすめ度

⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️

タイム誌の「世界で最も影響力をもつ百人」にも選ばれた著者の一人のテンプル・グランディン。動物愛護活動家として、同時に食肉処理施設の設計者として、その活躍の様子は映画(エミー賞受賞)にもなったそうです。その彼女が2005年に書いたのが本書です。原題は

“Animals in Translation”

です。“Animals in Translation”というフレーズは直訳すると「翻訳された動物たち」となります。しかしながらここでは単なる文字通りの翻訳ではなく、文化的、心理学的、行動学的な背景を持つ言葉として理解すること、動物が示す特定の行動を人間が理解できる形に「翻訳」するという意味合いがあるのでしょう。動物と人間の間のコミュニケーションギャップを埋めるための努力を表現しているとも言えます。そのため、「Animals in Translation」は「動物の行動や感情を人間が理解するための翻訳」というニュアンスを含んでいるといえます。それは自閉症の著者にはわかる動物達の行動の意味を普通の人にわかるように翻訳したという意味でしょう。邦題の”動物感覚”はこの自閉症者による翻訳という含意は抜けていますが、伝えたかった翻訳の結果である動物達が感じている世界を”動物感覚”と一言で言い表しているのは見事だろうと思います。

野鳥を観察している時に鳥は何をみて、どう感じ、何を考えるか不思議におもいます。自閉症でテンプル・グランディンは人と動物(家畜や哺乳類、鳥など)の感覚の差は運動、言語、感情をつかさどる前頭葉フィルタの大小にあるとします。普通の人は知覚統合の過程でフィルタされ細部が見えませんが、自閉症の人や動物はイメージや生音そのものを知覚し、感じます。自閉症の人は脳の1/3を占める前頭葉へのインプットに問題があり”普通の人”ほどうまく統合せず、それが動物が見る世界に近いとしています。

それは視覚や聴覚がそのまま全部使われ詳細にこだわり、例えば、牛や豚が、キラキラ光る水たまりや揺れる影、金属のぶつかり合う音などに怖がると言います。いつもと違う細かい何かが情動を変化させ、ときには遺伝的に組み込まれた固定的行動パターン(犬の素早い動きを追いかける、鳥の交尾時のダンスなど)を誘発します。鍵刺激は学習と情動で決定され、犬猫を含め家畜の場合はその種に応じた適切な育て方、学習の方法が絶対に必要でそれをとらないと危険ですらあることを多数例示しています。

動物と自閉症の特性として感情がシンプルで揺れがないことを指摘します。深層情動として

  1. 怒り
  2. 獲物を追いかける衝動
  3. 恐怖
  4. 好奇心・関心・期待

があり突き止められていないが他に社会的情動として

  1. 性的誘引と制欲
  2. 分離不安(母親と赤ん坊)
  3. 社会的愛着
  4. 遊びと大はしゃぎ

があるとしています。これら情動を制御する学習は飼い主や周りの同種個体だけでなく、他種からも学ぶことができるそうです。また人でもそうですがPTSD(心的外傷後ストレス障害)はイメージで記憶され、言葉で記憶される恐怖より忘れることが難しく動物もイメージで情動が誘起されるのでその死ぬほどの恐怖を覚えた家畜は調教では取り消せないそうです。人も動物の脳機能を保持している例なのでしょう。脳の異なる部位で活動する情動だそうです。行動の元になる情動を脳の各部位活動に還元できれば身体性を持たない人工知能に怒りや恐怖を教えるヒントが得られるかもしれないですし、動物を比較することで深層情動を得た進化の過程がわかるのかもしれません。多くはきっと爬虫類に進化する前までに獲得したんでしょうね。トンボも飛ぶもの追っかけますし。

更に本書では刺激的な人の進化の説を展開します。それは人が狼を犬にしたのではなく、狼が(原始)人を(現生)人にした可能性です。多くの証拠がこれを支持し出したとしています。

DNA分析から犬は狼からホモサピエンスが進化したばかりの13万5千年前に別の個体群として分離し、1万4千年前より昔に人と犬は一緒に暮らすようになる間に、狼(犬)は見張りと護衛の役を担い、人は集団で大型の獲物を狩ることで互いが生存率を向上できたとする説です。集団での狩、血の繋がらない同性の友情、なわばりなど類人猿が持たない多くの性質を狼に学び、更に人に生まれた友情が情報交換と言葉の進化を促し、そして狼(犬)と人の脳の構造も変化させたということです。犬は人に世話されることで10〜30%脳が小さくなり恐怖と不安の減少し、人は情動と知覚情報を司る中脳と嗅覚を司る嗅球があわせて10%脳が小さくなったとのことです。確かに今では番犬と猟犬の役を担い、人は寝ているときにかすかな音に気が付いたり匂いで獲物を見つける能力がありません。また、なるほどなと思ったのは人も犬もそれぞれがその表情がわかることで、互いに相手の心の動きの理解が必要だったからなんだろうと思いました。

また、音楽も鳥に学んだとしています。それはリズムや調子、音階やアッチェレランドなどの曲の構造の類似性の指摘だけでなく、音楽を聴いた時の人の脳の反応が楽しい時や悲しい時の反応と同じであり、これは鳥や動物の歌がそもそも複雑な情動を伝えあっており、陽には書いていないですが、人がそれを感じ取っていることを示していることです。

本書読んで全体的に感じるのは現生人類は起源は動物であり、動物に教えられて進化してきたということです。特に狼(犬)の影響が大きいのでしょう。そればかりでなく鳥の音声コミュニケーションもナワバリや性アピールだけでなく情動のやり取りも含んでいることを前提に研究をすべきなのだろうと思いました。また、この18年の間に進んだ研究を成果を取り込んだ第2版を読みたいと思いました。

いい本とはその本の見方を通して世界を新たに見直すこと。この本はその意味でいい本です。

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以上です。

Article Info

created: 2023-07-09 10:55:13
modified: 2023-08-23 17:24:39
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keywords: 動物感覚

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