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バンドリ考察:なぜで解く豊川祥子の行動の理由
アニメ『BanG Dream!』シリーズの新たな物語として描かれた『It’s MyGO!!!!!』と『Ave Mujica』は、多くの視聴者に衝撃と感動を与えました。特に、物語の中心人物の一人である豊川祥子は、その複雑な生い立ちや心情から、多くの考察を呼びました。この記事では、アニメ全話を通して描かれた豊川祥子の姿に焦点を当て、彼女の行動や心情、そして葛藤について、視聴者の一人としての視点から紐解いていきたいと思います。
あらすじ
🎸 BanG Dream! It’s MyGO!!!!!
物語は、羽丘女子学園に転校してきた高校1年生の千早愛音が、クラスに馴染むためにバンドメンバーを探すところから始まります。そこで彼女が出会ったのが、かつて「CRYCHIC(クライシック)」というバンドに所属していた高松燈でした。愛音は燈をバンドに誘い、さらに元CRYCHICのメンバーである長崎そよや椎名立希、そしてどこか謎めいた少女・要楽奈が加わり、5人組バンド「MyGO!!!!!」が結成されます。
MyGO!!!!!のメンバーたちは、それぞれ異なる価値観や過去のトラウマを抱えており、バンド活動を通じて幾度となく衝突し、解散の危機に直面します。それでも彼女たちは、自分たちの内に秘めた「人間になりたい」と叫び、壊れやすいバンドの始動に奮闘します。本作は、リアルな少女たちの人間ドラマを描き、「鬱アニメ」と評されることもあるほど、感情の機微が丁寧に描かれていました。
🎭 BanG Dream! Ave Mujica
『It’s MyGO!!!!!』の続編となる本作は、元CRYCHICのリーダー・豊川祥子(とよかわ しょうこ)が中心となって結成したバンド「Ave Mujica(アヴェムジカ)」の物語です。メンバーは仮面をつけて素顔を隠し、過去や本音を覆い隠したまま活動を始め商業的な成功を収める一方で、メンバーそれぞれが抱える秘密や葛藤が徐々に明らかになっていきます。
本作では、仮面をつけた人形が月に生を与えられるという世界観のかな「本当の自分」と向き合う少女たちの姿が描かれ、前作以上に心理の深読みが必要な展開がなされます。また、物語の始まりであるCRYCHICへの回帰や妨害、MyGO!!!!!との関係性も描かれ、シリーズ全体の物語がさらに広がりを見せます。
第一部:豊川祥子の歩みと起こったこと
豊川祥子(とがわ さきこ)は、『BanG Dream!』シリーズにおいて、CRYCHICそしてAve Mujicaという二つのバンドを率いることになった中心人物です。彼女の歩みは、波乱に満ちたものでした。彼女の行動の選択は生い立ちや環境が影響しているでしょう。それをまず整理します。
生い立ちとCRYCHIC結成
祥子は、巨大企業「豊川グループ」の令嬢として育ちました。上品な言葉遣いや立ち振る舞いは、その恵まれた環境を反映しています。中学生の頃に母親を病気で亡くしたことは、彼女にとって大きな喪失体験でした。その悲しみを乗り越えるきっかけとして、音楽に惹かれるようになったと考えられます。月ノ森音楽祭でMorfonicaのライブに感銘を受けた祥子は、高松燈と彼女の歌詞に出会い、自らバンドCRYCHICを結成し、作曲とキーボードを担当することになります。燈やそよ、立希、そして睦といった個性豊かなメンバーと共に、彼女は輝かしい時間を過ごしていました。
家庭の崩壊とCRYCHICの解散
しかし、祥子の人生は予期せぬ方向へ進みます。入婿の父清告が680億円の地面師詐欺の被害に遭い、豊川グループに莫大な損害を与えたことで、一族から放逐され没落します。祖父定治に反発し清告と出て行くことを選択した祥子は、裕福な生活から一転、困窮した生活を余儀なくされ、アル中になってしまった清告との生活のためバイトをせざるを得ず、学費の高い月ノ森女子学園から羽丘女子学園へ進学せざるを得なくなります。この家庭の崩壊が原因で、祥子はCRYCHICからの脱退を決意しますが、その理由をメンバーに明確に告げることはありませんでした。突然の出来事と理由不明の脱退は、CRYCHICを事実上の解散へと追い込むことになります。
新たな道:Ave Mujicaの結成
CRYCHICの解散後、祥子は過去と決別し、新たな一歩を踏み出すことを選びます。それが、仮面をつけたバンド「Ave Mujica」の結成でした。きっかけは、MyGO!!!!!のライブで「春日影」を聴き、過去に囚われることへの強いショックを受けたことでした。祥子は、幼馴染である三角初華(みすみういか)に「全部忘れさせて」と頼み、Ave Mujicaの構想を進めます。彼女はメンバー全員の人生を背負うかのような覚悟を持って、Ave Mujicaの活動を始めます。このバンドでは、彼女はステージネーム「忘却のオブリビオニス」を名乗ります。
Ave Mujicaでの葛藤と成長
Ave Mujicaは商業的に成功を収め、武道館公演まで短期に達成しますが、仮面の下に隠されたメンバー間の本音や価値観の違いは、次第にバンド内に軋轢を生みます。話題性を重視する祐天寺 にゃむ(ゆうてんじ にゃむ)との方針の違いから口論となり、特に、メンバーの一人である若葉睦(わかばむつみ)に対して厳しい言葉をかけてしまったことは、睦の内面に大きな傷を与え、無罪の別人格であるモーティスはギターが弾けないためバンドは最終的に解散へと至ります。
Ave Mujica解散から再結成
ツアーは続行不能となり、損失補填はすべて祖父が肩代わりします。祥子は父を置き去りにしたまま、再び豊川家へ戻らざるを得なくなり、自責と敗北感に追い込まれました。
燈と愛音に再会した際も、祥子は CRYCHIC や Ave Mujica の思い出をも否定し、睦との友情すら切り捨てる発言に終始します。けれども、真相を耳にしたそよの叱責を受け、彼女は睦に正面から謝罪しました。その後、CRYCHIC の旧メンバーとも和解し、MyGO!!!!! のリハーサルで「人間になりたいうたⅡ」と「春日影」を共に演奏します。和解を終えた時点で、祥子はなおバンドを続ける気力を失っていました。しかし、「人生を預かる」と豪語して集めた仲間を半ば行き場のない状況へ追い込み、自分が背負うべき責任を痛感します。迷いを振り切るように Ave Mujica を再結成し、RiNG でのライブを敢行しました。ところがライブ終了後、祖父の圧力が強まり、初華と引き離されるばかりか、祥子自身もスイス留学を強要されます。
空港での逃亡劇の末、祥子は負傷しながらも初華の故郷の島へ辿り着き、彼女の真実を知ります。そこで祥子は「運命を神に委ねるのではなく、自分が神となって切り開く」と覚悟を固め、Ave Mujica を最短で再デビューさせると宣言しました。最後に燈へ手紙を送り、「正解は分からなくても探し続ける」という思いを胸に、彼女は新章への第一歩を踏み出したのです。
最終話:演奏と寸劇
Ave Mujicaの最終話では、演奏の合間に舞台演劇のような寸劇が挿入され、ドロリス(三角初華)たちが「この世界のどこにも光が見つからない」「存在が罪」といった苦悩や孤独を吐露し、忘れさせてほしいと願う一方で、オブリビオニス(豊川祥子)は「私は忘れない」と強く宣言します。この言葉には、たとえ誰もが過去を忘れて前に進もうとしても、自分だけは痛みや失敗を決してなかったことにはせず、すべてを抱えて未来へ進むという祥子たちの覚悟が込められています。寸劇はこれまでのキャラクターの歩みや心情、Ave Mujicaが背負ってきた苦悩や孤独、そしてリーダーとしてバンドを背負い続ける祥子の決意を象徴的に描き、音楽と劇が一体となってバンドの成長や和解、そして「終わりではなく始まり」という新たな物語へのメッセージを鮮烈に表現しました。
豊川祥子の出来事まとめ
| 出来事 | 時期 | 豊川祥子の状態と行動 |
|---|---|---|
| 幼少期に三角初華と出会う | 幼少期 | 島の別荘で初華と虫取りなどを楽しむ 。初華にとって祥子は光のような存在 。 |
| 母親(みずほ)が亡くなる | CRYCHIC結成前後 | 深い悲しみに暮れる 。母親の形見の人形を大切にする 。 |
| 父親が地面師詐欺で失脚、アルコール依存症に | CRYCHIC解散後 | 大きな精神的ショックを受ける 。父親を見捨てず、共に貧しい生活を送ることを決意する 。 |
| 月ノ森女子学園から羽丘女子学園へ進学 | 高校入学時 | 経済的な困窮により学費が払えなくなる 。 |
| MyGO!!!!!のライブで「春日影」を聴き、過去を忘れようと決 しAve Mujicaを結成 | 高校入学後 | 「春日影」を聞いてショック受けた祥子は初華に「全部忘れさせて」と頼み、Ave Mujicaを結成 。ステージネームを忘却のオブリビオニスとする 。 |
| Ave Mujicaの活動が行き詰まり、解散、若葉睦の内面が破壊される | Ave Mujica活動中 | 仮面やバンドの方向性を巡り内部対立 。睦に厳しい言葉をかけ、精神的に追い詰める 。バンドは解散、睦は別人格が表出する 。 |
| MyGO!!!!!のライブリハーサルでCRYCHICメンバと「春日影」を演奏 | Ave Mujica解散後 | 幸せな時代の「春日影」の演奏でその頃にはもう戻れないことをはっきりと自覚した。 |
| Ave Mujicaを再結成、忘却は救いではないという自己矛盾を抱えながら活動再開 | Ave Mujica再結成 | 初華・海鈴・にゃむが再結成を強く希望し、祥子を説得。燈からのメッセージから「運命を受け入れる必要は無い、神などいない」と悟り、再結成を決意 。「私が神になる」と宣言し、新生Ave Mujicaのライブを敢行 。 |
第2部:祥子の選択
ここからは、第一部で記述した各出来事における豊川祥子さんの感情の変化、行動の理由、そして彼女が何を背負って選択してきたのかを、一視聴者である私の感想として分析してみたいと思います。
1. なぜCRYCHICを理由も告げず離脱したのか
CRYCHICを理由を告げず離脱した点について考えてみます。彼女がCRYCHICを理由を告げずに辞めた心情を推し量るには、祥子の育った環境と心理的傾向を探る必要がありそうです。
祥子は裕福で過保護な家庭環境で育ち、外界の脅威や挫折に直面する経験が少なく、自己評価は高い一方で脆さも持ち合わせていました。失敗や拒絶への免疫が弱く、現実と理想のギャップに直面したとき、現実を否認(deny)したり、忘却(repress)したりすることで心の均衡を保とうとする傾向が強かったと考えられます。
このような心の動きは、心理学で「防衛機制」と呼ばれます。受け入れがたい現実から自分の心を守る無意識の働きで、理想とする自己イメージと現実が食い違った時に、現実を無かったことにして心を守ろうとする「ナルシシズム的防衛」や、安全だった世界が壊れる出来事を記憶から排除しようとする反応などが挙げられます。祥子は、裕福で期待される存在としての自己イメージや、安全だった家庭・バンドが崩壊する現実に直面し、防衛機制として「忘却」や「否認」を選択したと考えられます。
まだ中学生だった祥子は、困難に直面した際に無意識に現実を避けようとする心理的傾向を持っていました。理由を言わずにバンドを脱退した行動は、弱ってしまった自分を隠し、強い自分を装う(仮面をつける)行為だったと解釈できます。
2. 仮面バンドを作ったのはなぜか?
祥子が仮面バンドであるAve Mujicaを作った理由には、主に3つの意味があります。
一つ目は、「本当の自分」から目を逸らすためです。父の破綻やCRYCHICの解散によって急転落に見舞われた祥子は、「なぜ私だけ」「何が悪かったのか」という堂々巡りの問いに直面しました。自分の弱さを曝け出す強さもなく、自分自身を直視することが恐ろしかった。仮面をつけることで、弱さや本音、過去を一時的に封印し、苦しい自己との対峙を先送りにしようとしたのです。
二つ目は、「期待される自分」と「本当の自分」を切り分ける役割です。かつての祥子は「豊川グループの令嬢」として、常に周囲の期待を背負っていました。仮面をつけた「Ave Mujicaのさちこ」として活動することで、「お嬢様らしくあるべき」という呪縛から一時的に解放され、「新しい自分」を始めるための道具となりました。
三つ目は、「誰も自分を知らない」場所を作るためです。もはや豊川祥子としてではなく、「何者でもない存在」として音楽をしたい。過去の名声も、失敗も、家族の肩書きも関係ない、「ゼロから」人とつながりたいという願望がありました。
3. 仮面は「忘却」と「罪悪感」の象徴でもあるか?
仮面は単なる「忘却」ではなく、「忘れてはいけない」という無意識的な罪悪感を抱えた末の選択でした。仮面は「忘れたふりをするため」ではなく、「忘れていないことを隠さず抱き続けるため」に選ばれたのです。
仮面をつける=「本当の自分を隠す」ではなく「本当の自分を封印しながら抱える」行為
完全に忘れてしまいたいなら、仮面すら必要ありません。わざわざ仮面をつけるのは、「本当は隠しているものがある」と常に意識し続ける行為です。つまり、忘却したいけれど、忘れること自体に痛みを感じている。仮面は「忘れたい自分を抱えながら生きるための道具」でした。
忘れることへの「罪の意識」
CRYCHICの仲間たち、音楽への純粋な思い、母への想い、失った家庭——それらすべてを本当に「なかったこと」にはできません。もしも完全に忘れてしまったら、それは「自分を裏切ること」になります。だからこそ、「忘れたふりをしながらも、忘れていない自分を内側に抱え続ける」必要があったのです。仮面は「忘れることへの裏切り」を回避するための、中途半端な、しかし切実な妥協でした。
Ave Mujicaという存在そのものが「忘れられない者たち」の集まり
Ave Mujicaはメンバー全員、何らかの「過去」を持っています。しかもそれを「なかったこと」にしていない。仮面をかぶることで、むしろ「私は忘れられないものを持っている」ということを表現している。つまり、仮面とは「消せない傷を抱えている」ことの証でした。
🎭 祥子が「仮面を脱ぐ覚悟」をなかなか持てなかった理由
まず、仮面を脱ぐとは、こういうことです。 • 「自分が背負っている痛み」を外にさらすこと • 「失敗も、罪も、裏切りも、全部含めた自分」を認めること • 「理想の自分」「愛されるべき自分」という幻想を壊すこと
つまり、仮面を脱ぐ=「無防備な自己開示」です。
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4. 祥子はマスクをなぜ脱げなかったのか?脱がされたのか?
「傷つくこと」の恐怖
- 裕福な家庭で、守られて育った祥子は、 「失敗したら、愛されないかもしれない」 という恐れを、無意識に抱えていた。 • だから、無防備にさらけ出すことが怖かった。
→ 仮面がなければ、私は壊れてしまうかもしれないという本能的な恐怖。
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「失ったもの」の重み
• 祥子はすでにCRYCHICを失い、家族の信頼も失いかけていた。 • もう一度「本当の自分」を見せて、また失うことになったら立ち直れない。 • 仮面は「これ以上、何も失いたくない」という必死の抵抗でもあった。
→ 仮面は「最後の防波堤」だった。
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「誰も本当の私を受け入れてくれない」という孤独感
• 豊川祥子という名前、立場、才能―― それらを剥ぎ取った後に残る「ただの少女・さちこ」を、誰が愛してくれるのか? • 彼女自身が、それを信じられなかった。
→ 仮面を外すためには、「無条件に自分を受け入れてくれる誰か」を必要としていた。
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- 自分を隠すマスクはアモーリス(ニャム)に武道館で脱がされてしまいます。それは意図したものではなかったので自分を晒す覚悟がない中、出自を晒すこととなり、さらに追い込まれてしまいます。身を隠して活動できたave mujicaが豊川家の令嬢がやっている道楽バンドと見られてしまい実力で跳ね返すしかないのにバンドはバラバラさが深刻になってしまいます。
5. 祥子はなぜCRYCHICの再結成をお願いし、その後Ave Mujica再結成へと決心したのか?
5.1 CRYCHIC再結成をお願いした理由
Ave Mujica第7話で、春日影をクライシックメンバーで演奏しました。しかし、演奏後の空気は「戻れない」という痛みの共有でした。睦(モーティス)だけは、まだクライシックに戻りたかった(壊れていた心の回復過程に、クライシックの再生が不可欠だった)。タキ、ソヨ、トモリはそれぞれ、すでに「クライシックを超えて」自分の居場所を見つけ始めていました。祥子もまた、クライシックに戻れないことは直感していました。
それなのに、祥子はクライシックの再結成をトモリと愛音にお願いしました。その心理には3つの層があります。
①「睦を救いたい」という無意識的な欲求
睦は祥子にとって、「壊れてしまった過去」の象徴でした。睦を救えれば、壊れた自分たちの過去も少しは救われると思っていた。クライシック再結成は、「睦を完全に回復させる唯一の手段」と無意識に信じていた。実は、睦のためであり、自分自身を赦すためでもあったのです。
②「もう一度、あの時をやり直したい」という未練
クライシックは、祥子にとって、母の死、父の凋落前の、唯一の「輝き」でした。あの頃に戻ることができれば、何かを取り戻せる気がしていた。わかっていても、未練を断ち切れなかったのです。
③「再結成できない」と認めることへの恐怖
本当は、春日影を演奏した時点で、みんながもう違う場所に進み始めていると知っていました。でも、それを認めてしまったら、本当に過去が終わる。完全に、戻れない。だから、わずかでも可能性がある限り、行動せずにはいられなかった。再結成のお願いは、「過去を終わらせたくない」という最後の抵抗だったのです。
祥子は「クライシックには戻れない」と知りながら、それでも「最後にもう一度だけ、奇跡を起こしたかった」。それは理屈ではない、心のどこかでまだ「救い」を信じていたから。それが彼女の痛みであり、幼さであり、そして——成長の直前でした。
5.2 Ave Mujica再結成へと決心した理由
しかしその後、祥子はアベムジカを再結成する決心をし、自ら「神になる」と宣言し、過去を越える道を選びました。なぜ心が変わったのか。これには3段階の心理的プロセスがありました。
①過去への「最後の執着」を試した
クライシック再結成をお願いする行為は、「もしかしたら過去をやり直せるかもしれない」という最後の希望でした。それを口に出して動いてみたことで、「やっぱりもう戻れない」という現実を、自分の手で確かめました。行動することで、未練の「空っぽさ」を実感したのです。
②「過去にすがっても誰も救えない」と悟った
睦も、トモリも、ソヨも、タキも——それぞれ違う痛みと向き合い、すでに違う場所に立っていました。自分だけが「昔の形」を求めても、誰一人、本当には救えない。むしろ、過去にしがみつくことは、彼女たちの新しい歩みを邪魔することになると気づいた。「自分のためだけに過去にすがることは、優しさではない」と祥子は痛烈に悟ったのです。
③「新しい神」になる覚悟を決めた
もうクライシックには戻れない。睦のためにも、初華との記憶のためにも、新しい物語を自分で創るしかない。それが「Ave Mujica」の再起動でした。自らを「神」と呼んだのは、もう「誰かに与えられた立場」ではなく、自分自身の意思で立つという決意の現れです。
祥子は「過去を救う」ために動き、「過去を越える」ために立ち上がった。この一連の流れは、仮面(Ave Mujica)を選んだ最初の動機(忘却・防衛)とは違います。今度は、「過去を抱えたまま、自分自身として新しい世界を創る」ために、選んだのです。つまり、ここが、祥子の本当の成長ポイントです。
7. 🎭 「神になる」という言葉の真意
― なぜ「王」ではなく「神」なのか?
■ 「王」とは • 現実の中にいる。 • 統治者であり、民を支配する存在。 • 勝ち取った地位であり、常に挑戦者に脅かされる。 • 自らの欲望や領土を拡大するためにも動く存在。
→ 王は現実的で、力で他者を統治する者。
■ 「神」とは • 現実から超越している。 • 信仰・理念の象徴であり、誰かの中に「ある」存在。 • 誰かに勝つためではなく、存在そのものである。 • 人間の苦しみや希望を超えたものを体現する。
→ 神は、「誰かの心に生きる存在」であり、「無私の象徴」。
■ 祥子が「神になる」と言った意味 • もはや現実的な勝ち負け(過去への未練、バンドとしての成功)に興味はない。 • 自分を犠牲にしてもいい。 → 自分が「灯火(ともしび)」となり、みんなの未来を照らしたい。 • 誰かの痛みや後悔を引き受ける存在になりたい。
つまり、豊川祥子は「勝者になりたい」のではなく、「存在そのもので、誰かの救いになりたい」と願った。だから、「王」ではなく「神」だった。
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🧠 2. Ave Mujica再結成後に祥子が示した覚悟
再結成後、祥子は明確に次の覚悟を示しました。
■ ① 仮面をつけたまま、心では「本音」と向き合い続ける • 仮面を捨てるわけではない。 • でも、仮面に逃げるのでもない。 • 仮面を越えて、心の奥底では自分と世界をつなぎ続ける。
→「忘れたふり」ではなく、「傷を抱えたまま歌う」という新しいスタイル。
■ ② 仲間を守るために、自分を犠牲にする覚悟 • Ave Mujicaのメンバーたちはそれぞれに痛みを持っている。 • 彼女たちの「居場所」を守るためなら、自分が憎まれてもいい。孤独になってもいい。
→「わたくしがすべて引き受けます」という究極のリーダーシップ。
■ ③ 「忘れられない痛み」を未来への糧にする • 過去を捨てるのではない。 • そして、過去に囚われるのでもない。 • 過去の痛みごと、自分を未来へ進ませる燃料にする。
→「痛みがあるからこそ、歌える」という新たな信念を得た。
豊川祥子は、「傷ついた少女」のまま、「救いの象徴」へと自ら変わる決意をした。
8. 忘却は救いか?寸劇の解釈
Ave Mujicaの最終話で描かれた寸劇では、ドロリス(初華)がオブリビオニスに「再び出会った痛みすら忘れさせてくれ」と懇願します。オブリビオニス(祥子)は「忘却を与える」と答えつつも、忘れることは本当の救いにならないと、無意識に感じています。ここに、オブリビオニス=豊川祥子の「忘却こそ救い」という信念と、「痛みと共に生きる」成長との矛盾が露呈しています。
忘却は「救い」ではないと気づいた瞬間
「忘れることで痛みから逃れる」という考えは、実は痛みそのものを否定する行為でした。でも祥子は、父の崩壊、睦の回復、初華との星空——痛みを抱えたまま歩くことが「生きること」そのものだと、もう知ってしまった。だから、忘却はもはや「救い」ではないのです。
「救い」とは、痛みごと抱きしめること
本当に救われるとは、痛みを忘れることではなく、痛みを赦し、それでも生きていくことを許されることです。祥子自身が、アベムジカの仲間たちと再び歩き出す中で、「忘れないままでも進める」ことを証明し始めています。救いは、忘れることではなく、覚えていても大丈夫だと知ることなのです。
寸劇とは、オブリビオニス=過去の祥子との対話
寸劇に登場する「忘却を願う者」は、ドロリス=初華だけではありません。かつての豊川祥子自身でもあります。「あの痛みを忘れさせて」「壊れた自分をなかったことにして」と願っていた、過去の自分。そしてそれに応えようとする「オブリビオニス」も、過去の祥子そのものでした。寸劇とは、豊川祥子がかつての自分と決別する儀式だったと解釈できます。
9. バンド名:Ave Mujicaとは何か?
「Ave Mujica(アヴェムジカ)」というバンド名に込められた深層的な意味を、ここまでの豊川祥子(オブリビオニス)の成長と合わせて、さらに掘り下げます。
表面的な意味
Ave(ラテン語)は「こんにちは」「讃えよ」「ようこそ」の意味。Mujicaは造語だけれど、響きから「music(音楽)」を連想させます。つまり、「音楽を讃えよ」という意味合いが、バンド結成時から与えられていました。
しかし最初のAve Mujicaは「忘却の音楽」だった
初期のアベムジカは、仮面をかぶり、痛みも過去もなかったことにする音楽を目指していました。「忘れることこそ救い」と信じていたから、その音楽はどこか冷たく、透明だった。「痛みを葬るための音楽」だったのです。
祥子の成長により、Ave Mujicaの意味が変わった
祥子が寸劇(最終話)を経て到達したのは、「忘れずに、傷を抱えたまま、それでも歩く」という境地でした。だから、仮面をつけたままでもいい、傷ついたままでもいい、それでも私は歩き続ける。そうして生まれた音楽は「傷を讃える音楽」になった。「Ave Mujica」とは、痛みも過去もすべてを讃えるための音楽になったのです。
豊川祥子にとってのAve Mujicaとは?
仮面をつけたままでも、傷を負ったままでも、涙を忘れずに、それでも歌う。それが、「神になる」と宣言した祥子がたどり着いた、本当の「救い」の形でした。
🎼 最後に
『It’s MyGo!!!!!』と『Ave Mujica』は、少女たちの困難さと成長の物語ですが、一番成長したのは豊川祥子だったと感じます。強がるだけのCRYCHIC解散から、全てを晒して、バンドメンバの過去と人生を全部引き受ける覚悟ができたAve Mujica再結成の物語ですから。そして忘却は救いにならないことに矛盾を孕みながら新たな物語が紡がれていくのでしょう。続編がMyGoともども楽しみです。
以上