toriR blog
前向きで勇気を与えてくれる映画「ぼくたちの哲学教室」を2時間だけの消費で終われせるのはもったい無いですよ
社会の分断が不安の裏返しだとすると、自分の心の不安の立ち向かい方を子供たちに教える哲学ツールはすべての人が身につけるべき術だと思いました。「すべての意見を尊重する」態度と対話、自分の気持ちの言語化は確かに不安と不寛容を少なくしてくれるのでしょう。おすすめ
⭐️⭐️⭐️⭐️(4.0)
ストーリ概要
北アイルランドのベルファストにある男子小学校で地域の連鎖する暴力の雰囲気からどう子供達を守るかを描く2年間に亘り記録したドキュメンタリー映画です。その手法は「哲学」を用いて子供たちの心にある怒りや、暴力性、衝動をうまくかわし自分の気持ちをコントールし、子供たちに自分の行動を変えさせていくことを実践する方法です。ケビィン校長だけでなくクラスカウンセラーも問題を起こすこともたち一人一人に向き合い、対話を通じて気づきと勇気を与え続けます。「どんな意見にも価値はある」として子どもたちは異なる立場の意見に耳を傾けながら自らの考えを整理し、言葉にしていきます。
小学校のあるベルファストアードイン地区は現在も「平和の壁」と呼ばれる分離壁があり、北アイルランド紛争によりプロテスタントとカトリックの対立が繰り返された闘争の傷跡が残る場所です。宗教的、政治的対立の記憶と分断が残るこの労働者階級の街の小学校で哲学的思考と対話による問題解決を探るケビン校長の挑戦を追う映画です。
感想(ネタバレあれ)
映画は冒頭が大切です。次の2時間の水先案内だからです。冒頭は小学校での笑顔で遊ぶ子供たちの姿と最近までその街で起こった暴力のシーンが交互に映し出され、子供たちの置かれた状況を効果的に炙り出しています。
子供たちはさまざまに問題を抱えています。地域の最近までの紛争により傷ついた家族を持つ子、糖尿病で食事制限が辛い子、走るのが遅い子など置かれた環境と状態はそれぞれです。住宅街はゴミが溢れ、ドラッグがはびこり、闘争を続ける組織への勧誘があり、不安をあおるペイントが壁に溢れてうます。そんな街に住んでいる親たちも学校帰りの子供を待つ間、不安をまぎらすように道端に座り、タバコを吸いながら携帯を眺めている姿が切り取られています。天気もイギリス、アイルランド特有のどんよりした雲に覆われ、食事も美味しそうには見えません。なにもかも陰鬱な街にあっても、友と遊ぶ姿は子供の本来の持つ爛漫さが見られて楽しさが伝わってきます。その子供たちにも問題を抱えています。
子供たちは哲学の授業を通して自分の内なる”怒り”や”暴力の衝動”をコントロールするすべを教えられます。校長だけでなくカウンセラの教え方は真摯で子供たちを尊重し、勇気づけ、学校の大人たちは皆を愛していると繰り返し対話を通じて伝えています。でも実践は難しい。
親は言います。“殴られたら殴り返せ”。そう教えられた子供には哲学ツールを教えてもらっても自己自制するのは難しいことでしょう。もう手を上げないと約束してくれた子も残念ながらまた暴力を振るってしまいます。校長は砂漠に水をジョウロでまいている気分になるでしょう。あるいは賽の河原で石積み(シーシュポスの岩)している気分でしょうか。それでもめげずに子供たちに語り続けます。作戦を変え親に”殴られたら殴り返せ”と言われたらどう話すかのロールプレーで教えたりします。
手を出した子にはペナルティがあるのですが、子供たちもこの”哲学授業”とペナルティに対応する術を身につける子が出てきます。上辺だけで分かったふりをし、自己分析でなぜ友達(いとこ)にヘッドロックしたのかを理由を述べ、してはいけなかった事とと反省し、もうしないと約束もします。でもその子の表情から上辺だけとわかってしまいます。校長も言葉はその約束を信ずるといいますが、残念な眼差しをしていました。教育者として無念な瞬間なのだろうと思います。
その一方で、哲学で自らを律しめざましく成長する子もいます。ケビィン校長の発案で学校での哲学の取り組みと成長した彼がロールモデルとなるよう壁画に「考える人(ロダン)」を模してyoung platoとして描かれるます。このこと通して未来を信じていることを伝えていると思いました。暴力の連鎖は不安の裏返しであり、対話を通じて不安をコントロールできる大人が増えれば社会を暴力のない世界に変えてくれると。卒業し中学校に行く前に小学校を訪れた彼は中学の初日で緊張しながらも小学校の体験を誇りにしているのか大層大人びていました。そういった姿を見られるのが教師の喜びなんだろうと思いました。
この映画の主人公は誰だろうと考えました。もちろん、ケビィン校長が重要人物であるのは間違いないです。地域の安定と平和を願って子供たちに暴力の連鎖を止むことを願って、哲学というツールを使って子供たちの心を鍛えていくというストーリでその挑戦と挫折を追う映画だからです。でも原題は「young plato」(若いプラトン)であり、哲学のツールを身につけようと苦悩する子供たちだったのだろうと思います。
この映画は確かにベルファストでの小学校の哲学教室のドキュメンタリーであるのは違いないですが、単に特殊な地域の取り組みだとするのは勿体無いです。2000年以上の哲学の歴史を日常の生活に生かすヒントが確かにあった映画でした。
印象的なシーン
撮影期間中COVID-19で街と学校が閉鎖されます。どこかの飼い犬のシベリアンハスキーがロックダンされる街を背景に遠吠えするシーンが象徴的に使われていました。人気(ひとけ)のなくなった街に響き渡る声はヒトの私にも仲間を呼んでいる声であることがはっきり分かり辛い時代を思い起こさせるシーンでした。鳥の言葉を研究している私には犬の言葉が胸に迫る特別なシーンとなりました。
以上